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ニューロマンティック
デュラン・デュランイギリスから出たお化粧ムーブメントとでもいうべきニューロマンティックというくくりでくくられた色々なバンド達だが、ジャパンの日本人気を含めて当初はとてもとてもワールドワイドに進出という雰囲気じゃなかったけれど、その後のニューロマ四天王とでもいうべきデュランデュラン、カルチャークラブ、ヒューマンリーグ、スパンダーバレエの活躍によってUSAのヒットチャートに常時進出するような形にまで発展してしまった。というより、ニューロマンティックというブームによって生まれた形が昇華してチャート常連になっていったポップスター達という感が強く、あくまで出発点という初期部分でニューロマンティックという様式だっただけなんだと思います。特に音楽的にはこれといった特徴があった訳ではなく、ヴィジュアル的な要素が強かっただけなんですが、あえてあげるとすると一応バンドサウンドなんだけどギターではなくてキーボード(シンセやホーン)が中心で歌モノ。カッコはお化粧しててフリルシャツ着てという感じでした。結果的には残らなかったけど、アダム・アントやヴィサージなんかも典型的でしたね。わりとチャートソング自体は聞き逃さずにいたアッシですが、アッシ的に強い印象を受けたのは「ケアレス・メモリーズ」、「プラネット・アース」のデュランデュランと「アント・ミュージック」のアダム・アント。特にデュランデュランに関しては、最初のアルバムの曲が良かっただけにこれ以上の曲は出ないだろうと思い、佳曲を残して終わる一発屋になるだろうと思っていたのに、どんどんどんどん聞きやすくなって曲の完成度もあがりあっという間に大スターですよ。思いきり予想が外れました。他アーティストがせいぜい2〜3曲で終わったというのに現在までしっかり残ってるなんて感心感心です。「ケアレス・メモリーズ」のサイモン君の歌と踊りでは絶対にアメリカでは受けないと思ってたのに。アダム・アントは後に名作(アッシ的)「Goody Two Shoes」を残します。この曲は常にiPodのBestHit集に未だに入れてます。しかし、巷には80'sヒットオムニバスがあふれてますが、このニューロマブームから生まれた作品群がUSA版でもUK版でも必ずといっていいほど入ってるんでこのイギリスから生まれたムーブメントが残したものは少なくなかったということでしょう。逆をいえばニューウェイブ・パンクの方が音楽的にはやはりメインストリートには成り得なかったということです。

ちなみに、中学青春まっただ中のアッシにとってヒューマンリーグのスザンヌ&ジョアンヌにはかなりときめきました。ははは。
by biturbo93 | 2005-02-24 23:40 | MUSIC_POP
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